藩校興譲館、米沢中学、米沢一高、米沢西高、米沢興譲館高と続く米沢興譲館同窓会公式サイト

ホームページロゴ

皆川睦雄 野球殿堂入り  名投手・皆川さん殿堂入り球友ら「県の誇り」
「球児の励み」「“皆川球場”から名選手を」  (2011年1月15日読売県内版)

   プロ野球・南海(現ソフトバンク)の投手として活躍し、2005年2月に69歳で亡くなった米沢市出身の皆川睦雄さんの野球殿堂入りが14日決まり、関係者は「県の誇り。球児の励みになる」などと喜んだ。  皆川さんは、05年に米沢市の市民栄誉賞、06年に県民栄誉賞にそれぞれ選ばれている。  皆川さんの母校、米沢西高(現・米沢興譲館高)野球部のチームメートだった高野譲さん(74)(同市大町)は、「とにかく球が速く、練習でもあまり打てなかった」と懐かしむ。  ともに3年だった夏の大会は、甲子園まであと1勝という決勝で敗れた。失策などもあり、「皆川が4点取られたのは、この試合ぐらい」という。ナインは、エースで主将の皆川さんと「甲子園に行ける」と確信していただけに、悔しさは今も忘れられない。  高校の6年先輩で、県野球連盟会長の相馬忠さん(81)(同市城北)は、米沢市営野球場の愛称を「皆川球場」にするために尽力した。「殿堂入りは、県の野球界にとっても名誉。『レベルが低い』と言われた東北から、皆川さんは努力の末、日本を代表する投手になった」とたたえた。  安部三十郎・米沢市長は「偉大な先輩を目標に、皆川氏の名を冠したスタジアムから名選手が生まれてほしい」などとコメントした。 (2011年1月15日 読売新聞)