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画家・小池隆英(S54卒)さんの新作個展 温かみのある上昇気流  (2011年2月1日山形新聞)

TKC-163
新作点で展示している小池隆英(S54卒)「TKC-163」
(2010年、コットンキャンバスにアクリル絵の具、縦196センチ、横236センチ)

 例年になく凍てついた東京で小池隆英の新作個展を見る機会を得た。小池は1960年に米沢に生まれ、90年の東京芸術大学大学院修了後は、国内はもとより世界的に活躍している画家である。特に日本とドイツのベルリンでは定期的に作品を発表し続けている。今回の新作を前にすると、まずもって私たちの眼差しが絵画から発する熱を得て、知らず知らずのうちに温められるかのような感覚がもたらされる。
 あたかも気体や液体どうしがスローモーションで混じり合う場面を彷彿とさせるようなその柔らかで軽やかな形象は、既存の言葉にあてはめようとする私たちのもくろみをはねつける。この言葉にならない形象は物理的には画面にしっかり定着されているはずなのだが、見るたびに違う表情をもたらすのではないかと思わせるほど流体的である。
 そこには筆のタッチの痕跡はなく、コットン地の肌理とそこに染み込んだアクリル絵の具のかすかな濃淡の差がこの名状しがたい形象を創出している。その静かな画面には私たちに向かって黙々と雲が湧き上がってくるようなエネルギーがみなぎっている。そのエネルギーとは気圧や湿度などの気象現象にも似て、フラットな画面の表情から発出される絵画ならではのエネルギーである。
 一般に絵画もまた重力の法則に従っている。溶かれた絵の具は画面の上から下へとしたたり落ちる。小池と同じく薄く溶いた絵の具をキャンバスに染み込ませる技法で有名なアメリカの画家モーリス・ルイスの作品はその典型である。また、ジャクソン・ポロックは床に寝かせたキャンバスに絵の具をしたたらせた絵画で重力の方向を画面から水平に鑑賞者の方へと向けさせた。それらに対して、小池の新作は湧出する形象が画面の下から上へと向かう不可視のベクトルをも内包しているようだ。すなわち、小池は今回の新作で物理的重力と相反する上昇気流のような視覚的重力を画面に導入したといえるだろう。
 その一方、色彩は暖かい。赤、オレンジ、黄色を私たちは暖色と呼ぶ。それは炎を連想させるからだ。しかし、今回の小池の作品のもつ色彩はあくまでも暖かく柔らかい。つまり、始めと終わりのある燃焼という短時間の現象ではなく、永く温め続ける熱、すなわち私たちの命という存在の持続性をほのめかす色彩なのである。
 こうして見るとこれまでの視覚芸術が明から暗への階調を持つ光学的現象のみにかかわってきたのに対し、小池の今回の新作は絵画への視覚的重力の導入に新たな次元を加え、さらに私たちの生により直接かかわる熱学的なものを視覚化することに成功しているように思われる。見るだけの作品から見ることによって温まる絵画、そんな誰にとっても見るに値する作品を小池はもたらした。
 昨今、美術会もカワイイという言葉に象徴されるスタイルが流行しているが、小池の絵画は20世紀半ばのアメリカの絵画黄金期を踏まえ、時代を越えたより普遍的な価値を目指す正当な絵画の系譜にある。

(山本和弘・美術評論家・東根出身)

※小池隆英新作展は2月26日まで、東京・勝島のアキライケダギャラリー/東京。開廊時間は木-土曜の正午-午後6時。

2月1日山形新聞